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ビリー・アイリッシュと8人の活動家たちが語る、気候変動とポジティブな未来への希望

「一人で問題と向き合っているんじゃないとわかった瞬間から、私の人生はずっと楽になった」。そう語るのは、8人の若い気候変動活動家とともに環境問題に真剣に向き合うビリー・アイリッシュだ。地球の未来のためにどのように協力していけるのか──彼らがUS版『VOGUE』に話してくれた想いを、マイク・ミルズが監督したムービーとともに公開する。

ビリー・アイリッシュが交際中であることを、今では多くの人が知っていることだろう。11月の感謝祭を前に、ロサンゼルスの工業地帯の東にあるフロッグタウン(数十年前にカエルがいなくなった湿地帯に作られた地域)のレコーディングスタジオで、アイリッシュは自身の本音を語ろうとしていた。

「一人で問題と向き合っているんじゃないとわかった瞬間から、私の人生はずっと楽になったんです」。ビリーが無防備に話してくれたのは、この日、仲良しの母であるマギー・ベアードが一緒だからだろう。元俳優という経歴を持つベアードは、穏やかな優しい雰囲気の持ち主で、娘の自信を引き立てている。この日のアイリッシュは黒のタートルネックにグレーのロングカーゴスカートという出で立ち。漆黒の前髪が憂いを帯びた淡いブルーの瞳を縁取り、まるで「My Future」のミュージックビデオのヒロインを彷彿とさせる。

ジャンルを超えたアイリッシュのセカンドアルバム『Happier Than Ever』からのファーストシングル「My Future」は自己愛がテーマだが、「自分の未来に恋をしている、未来の私に会うのが待ちきれない」と歌われる楽曲は、より幅広い解釈を可能にする。

私たちの取材は、毎年開催される「地球環境の修復と再生」に取り組む5人の革新者を称える「アースショット賞」(イギリスのウィリアム皇太子と、動物学者であるデイビッド・アッテンボロー卿が発案した賞)のテレビ放送に向け、アイリッシュと兄のフィニアス・オコネルがこの楽曲のパフォーマンスを録音し終えたばかりのタイミングで行われた。

ビリー・アイリッシュと8人の若手環境活動家が気候、コミュニティ、2023年の希望について語りあう動画はこちら。

楽曲には、21歳の誕生日を直前に控えた彼女が置かれている今の状況が込められている。例えば、彼女が語りたいのは昨年の10月に交際を公にしたインディーポップバンド、ザ・ネイバーフッドのフロントマン、ジェシー・ラザフォードとの関係ではなく、自分自身について。例えば、自身の体との新しい関係性については、「10代の頃は自分が大嫌いで、バカバカしいと思っていた」と語る。「それは自分の体に対する怒りに起因していて、この体が私に与えた苦痛と、そのせいで多くのものを失ったことに対して、私がどれだけ憤りを感じていたか」。彼女にとって最も大きな損失は腰の成長板の損傷で、13歳のときにダンスの夢を断念せざるをえなかったことなのだ。

過剰運動症候群との向き合いかた

2015年にアイリッシュが初めてサウンドクラウドにアップした、すべての始まりとなった楽曲「オーシャン・アイズ」。「この曲を作った直後にケガをしてしまった……。だから音楽がダンスに取って代わったんです」

その後、何年にも渡り下半身を痛め、多くの誤診を受けたことによってアイリッシュは、自分は他人とは違うという疎外感を募らせるようになった。そんな中で、ムーブメントコーチのクリスティナ・カニサレスを通じて、自分が「過剰運動症候群」だということが知ることに。

ギターとスピーカーが並ぶ寒い小さな部屋で、黒いパーカーに身を包んだアイリッシュの母ベアードはこう説明した。「マッサージやカイロプラクティックなど、私たちにとっては助けになるようなことが、彼女を傷つける起因になりうるのです」

「何年もの間、自分が自分の体に虐待されているような気がしていました」と言うアイリッシュ。「だから、この体は自分自身だと受け入れる努力をしなければならなかった。私を傷つけようとしているわけではないんだと」

彼女は今、そんな自分をありのままに受け入れており、キャリア初期のように感傷的にはならず、むしろ子どものように純粋に喜びを表現している。「アイ・ラブ・ユー!」──LAで行われた年末ライブで、彼女は熱狂する17,000人のファン(その多くは彼女に自己投影している若い女性たち)に向かって連呼した。7度のグラミー賞受賞者である彼女が、地球を救うという大義に目を向けたとき、偶然にもこのような気持ちの変化が起きていたのだった。

「この件について私は、うるさい感じにならないよう、あらゆる努力をしてきました」。こう語る彼女の声は揺るぎがない。「なぜなら、いい反応が返ってこないから。自分が信じていることが悪く見えてしまうし、みんなを困らせてしまうから」

それでも、彼女は人々を啓蒙しようと努力をしてきた。2022年の『Happier Than Ever』ワールドツアーでは、マルーン5やハリー・スタイルズを始めとするアーティストと彼らのツアーを「グリーン化」した非営利団体「Reverb(リヴァーヴ)」と提携して、コンサート会場にエコビレッジを設置。その特設スペースでは、無料でマイボトルに水を補給できたり、有権者登録ができたり、BIPOC(非白人)や女性主導の組織に重点を置いた環境NPOについて学ぶことができた。「私は人々に情報を押しつけているわけでもなければ、なにをすべきだなどと言うつもりもありません。ただ、なぜ私がこういうことをするのかを伝えたいんです」。彼女は一瞬の間を置いてから、歯切れの悪い笑みを浮かべてこう言った。「でも、結果的、それをやらないと悪人になるんですよ」

「できる限り最善の方法でモノ作りをする。それだけ」

彼女が環境保護に取り組むのは、ライブ時に限られたことではない。2021年に初参加したメットガラでは、同じZ世代のスターであるティモシー・シャラメ大坂なおみアマンダ・ゴーマンとともに共同議長を務めた。アイリッシュはそこでオスカー・デ・ラ・レンタ(OSCAR DE LA RENTA)のクリエイティブ・ディレクターであるフェルナンド・ガルシアとローラ・キムがデザインした、古き良きハリウッドにインスパイアされたボリューミーなドレスを着用した。着用条件として同ブランドのファー販売の停止を求め、ブランド側がその条件を保証したのは有名な話だ。

アイリッシュがコルセットを強調したドレスを着用したことについて、ガルシアはこう語った。「クリエイティブな面で最も刺激的だったのは、19歳の気概あふれる女性が私たちの目を見て『私は自分が怖いと思うことがしたい』と言ったことです。彼女は私自身にも既成概念にとらわれず、怖いと思うことにも挑戦してみるようにと促してくれたのです」

昨年のメットガラでは、アイリッシュはアップサイクルしたグッチ(GUCCI)のドレスを着用。グッチとは、アルバム『Happier Than Ever』の限定ボックスでコラボレートした。初回プレス分のレコード端材をリサイクルして作ったアナログ盤レコードが収められた限定ボックスのデザインを、当時のクリエイティブディレクターだったアレッサンドロ・ミケ―レが手がけたのだ。

「『私を見て! 変化をもたらしているよ』なんて見せびらかすような気はさらっさらないんです」。青いマイボトルで水を飲みながら彼女言う。「私はただ変化をもたらし、それについては黙って見守って欲しいだけです」。さまざまな善き行いをしている彼女だが、本人は自己否定をしがちだ。「本来私はなにも作るべきではないし、売るべきでもない。いつかゴミ処理場行きになるようなゴミが増えるだけだから。それはわかっているんです。でも、誰も服を着るのをやめないのと同じで、誰もモノ作りをやめることはない。だから私はできる限り最善の方法でモノ作りをする。それだけです」

仲間とともに活動する気候変動への取り組み

その言葉通り、昨年ロンドンのO2アリーナで行われた自身のワールドツアーのうちの6日間を、気候変動への認知を高めるイベント「Overheated(オーバーヒーテッド)」に費やした。ちなみに「Overheated」というネーミングは、彼女の最新アルバムの楽曲に由来している(ボディシェイミングをテーマにしながらも、やはりさまざまな解釈ができる楽曲だ)。

ビリー・アイリッシュと兄のオコネルは、気候変動についての活動などを話し合う「ユース・アクティビスト・ゾーン」や、ドキュメンタリー上映などを含むイベント全体のホストを務めつつも、主役の座は他のミュージシャンやサステナブル・ファッションデザイナー、活動家たちに譲った。 イベントに参加した香港出身のトリ・チョイ(29歳)は、アイリッシュがロンドンで行ったことをトロイの木馬に例えている。「おそらくほとんどの人たちは、ビリー本人のスピーチを聴きたかったことでしょう。ステラ・マッカートニーのキャンペーン広告に起用されたり、年内には気候変動とメンタル・ヘルスに関する書籍『It’s Not Just You(原題)』を刊行予定のチョイは言う。「自分のプラットフォームを使って、気候変動について知ってはいるものの、まだまだ十分でない聴衆を引きつけることが、どれほどすごいことか想像ができますか? また、それを利用して、普段それほど注目されることのない別の問題にも光を当てることができるのです」

アイリッシュはUS版『VOGUE』誌1月号のカバーストーリーのために、「Overheated」のようなイベントを企画することを熱望した。そして、チョイや若い活動家やオーガナイザーたちを招き、アカデミー賞ノミネート監督で脚本家のマイク・ミルズ(『20センチュリー・ウーマン』『カモン カモン』)の撮影のもと、気候に関する対話を行う。この“ミニ気候変動”サミットは、インタビュー行う数日前に、ロサンゼルスの東の地域にある工業地帯内にある別のスタジオで開催された。

スタジオ近くを流れる全長51マイル(約82キロメートル)に及ぶロサンゼルス川は1938年の大洪水後、コンクリートで覆われ、洪水のリスク、コミュニティの移転、社会的不公平、生態系の消滅、干ばつなど、気候変動がもらす無数の相互作用を象徴する川となった。これらは、アイリッシュが結成したグループが解決しようとしている問題と、本質的には同じだ。

30歳以下の若き活動家たちの声

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活動家は全員30歳以下で、最年少のライアン・バーバレット(16歳)は、母親に付き添われて撮影に参加した。高校で気候ストライキを率い、カリフォルニア州知事のギャビン・ニューサムに気候緊急事態宣言を出すように圧力をかけるキャンペーンに参加している。チョイとバーバレットに加え、SNSのフォロワーたちには「クィア・ブラウン・ヴィーガン」として知られる環境教育者のイサイアス・ヘルナンデス、モデルで先住民の権利活動家であるクアナ・チェイシングホース、「Fridays for Future(フライデーズ・フォー・フューチャー)」の提唱者で国際NGO「Re-Earth Initiative(リアース・イニシアチヴ)」の共同設立者であるシエ・バスティダ、サステナブルなファッションデザイナー兼アニメーターのマヤ・ペン、故郷で近隣にある有害な石油採掘の凍結を大手石油会社に求めたナレリ・コボ、ローズ奨学生で「Black Girl Environmentalist(ブラック・ガール環境団体)」を立ち上げたワンジク・“ワワ”・ギャザールが参加している。

彼らの多くは、10代で活動を始めている。彼らが早熟に見えるとすれば、それは彼らの間に時間がないという感覚が蔓延しているからにほかならない。草の根組織「People Not Pozos(油田よりも人)」の共同設立者のコボ(22歳)は、「我々の生活は危機に瀕しています」と言う。「11歳のときに記者から『活動家になった気分は?』と聞かれ、『その質問に答える前に、活動家とは何かを教えてください』と逆に尋ねなくてはいけませんでした」

グレタ・トゥーンベリ(20歳)が注目されたことによって、気候変動問題についての同世代の関心は高まった。トゥーンベリは昨年、エジプトで開催された国連気候変動対策会議「COP27」を「グリーンウォッシュ」だとし、欠席したことで話題に。この手のイベントは、彼女の世代の多くが見せかけだけだと参加を拒んでいる。「COP27」では最悪の汚染国である富裕国が、途上国への賠償を約束したものの、化石燃料の排出を止める具体的な方法は何も確立されなかった。「バンドエイドのような解決策です」とバーバレットはささやくような声で言う。「彼らは、なぜ今非常事態が起きているのか、そしてそれを解決するにはどうすべきなのかを追求しないんです」

12月下旬に開催された生物多様性条約第15回締約国会議「COP15」に関して、チョイは比較的楽観的な見解を示している。「COP15は生物多様性の危機が、気候危機と切り離せないことを示しました」。音楽業界の環境保護団体「EarthPercent(アースパーセント)」の諮問委員会のメンバーでもあるチョイは、「我々は、気候正義がすべての生命が依存する自然界を包含することを保証する必要があるんです」と語る。

8歳でサステナブル服飾ブランド「Maya’s Ideas」を立ち上げ、この日の撮影では自らデザインを手がけたアップサイクルのラップブラウスを着用したマヤ・ペンは、気候変動に対するZ世代が抱く危機感についてこう語った。「私たちが状況を好転させられる最後の世代と感じている人がとても多いのです」。だからと言ってペンは、自分たちは気候変動活動家の先輩たちと対立しているわけではないと断言する。「世代間の協力は、私の活動の中心です。それは生きた経験の継承なのです」

メキシコとコロンビアの移民である両親を持つコボは、3人の兄姉とともにダウンタウンのきらびやかな高層ビル群と南カリフォルニア大学に挟まれた南ロサンゼルス地区で母親に育てられた。自宅アパートから30フィート(約9.1メートル)のところには有毒は油田があった。9歳のときに初めて人前でスピーチをした彼女は、化学物質で汚染された地域の空気が慢性的な鼻血、動悸、ぜんそくの原因になっていることを訴えた。そして彼女は19歳のときに生殖器のガンと診断され、何度も手術、化学療法、放射線治療を受けた結果、子どもを産むことができなくなった。

コボはガンの治療中、アイリッシュの楽曲をかけ続けた。「『everything i wanted』を繰り返し聴いていました。彼女の音楽は私に安らぎを与えてくれるんです」

リアルな存在感がアイリッシュの最大の強み

この部屋にいわゆる有名人は一人しかないが、アイリッシュは自分はこの場にいるのにふさわしくないと感じていたと言う。撮影が始まると、彼女はこう口にした。「私はここにいるに値しない気がする」。青空に浮かぶ天使のようなプリントがほどこされたバルマン(BALMAIN)のバギーTシャツとパンツをコーディネイトさせた彼女は、対話が始まるとすぐに床に体育座りをした。撮影の合間に、前腕のタトゥーが目立つがっしりしたヘアスタイリストのベンジャミン・モハピがアイリッシュの髪の毛を整えてはいるが、それでも彼女は同世代の仲間に溶け込んでいた。

同じく「Overheated」のスピーカーを務めた“ワワ”・ギャザール(24歳)は、リアルな存在感がアイリッシュの最大の強みだと考えている。「ビリーは誰もが本当の自分でいられるように勇気づけるのがものすごく上手なんです。彼女は自分が知っていることも知らないことも、オープンにみんなに伝えることに抵抗がない。彼女はすべてを知らなくても大丈夫だと教えてくれる。それと同時に、知らないからといって問題に関わりたいと思う気持ちを失ってはダメだということも教えてくれるんです」

その気持ちに呼応するように、存在感たっぷりの自作イヤリングを身に着けたペンはこう語った。「ビリーはファンと一緒にさまざまな経験をすることを楽しみにしていますが、ポップカルチャーのセレブリティの中にはそういうことを恐れている人も多いと思うんです。彼女は『気にかける』ことはクールなことなんだということを、頑張って伝えようとしてくれます。それは、私がずっと大切だと信じてきたことでもあります」

カメラの前でのトークに慣れ、現場に和やかなムードが流れるとすぐに、一同は母親の影響について語り始めた。ホームスクールで育ったアイリッシュは「私という存在は、家族、特に母親を中心に成り立っています。母は誰よりも決断力があり、誰よりも情熱的な人で、私が色んなことを知っているのは彼女のおかげです」と言う。

俳優、脚本家、即興演劇講師、音楽教師など、「さまざまな仕事をこなした」と言うベアードだが、現在はパンデミック時に設立した食糧難の地域に植物性の食事を提供する非営利団体「Support + Feed」の代表を務めている。彼女はまた気候変動との闘いにおいて、娘に最大のインスピレーションを与えてきた。ベジタリアン、そしてヴィーガンの子どもたちを育て、アイリッシュのツアーをサステナブルなものにするための指揮を執り、わずか数年で「Support + Feed」を10都市にまで拡大したベアードは、多くのキャリアチェンジにも関わらず、常に根っからの活動家であり続けているのだ。

母娘は学習意欲も旺盛だ。「食料不安について学び始めたとき、目を見張るものがありました」とベアード。「食の砂漠(※生鮮食料品を手ごろな値段で買える店が遠かったり、ほとんどない地域)について知ってはいましたが、それがどの程度かは知りませんでした。自分の居住区で食料品店があるのか、新鮮な食材は手に入るのか、そういうことを考える体感がなかったから。そしてもし新鮮な食材があっても、それは手ごろな値段で買えるのか? この問題は『食のアパルトヘイト』と言った方がより正確だと思います。なぜなら、食品へのアクセスは、我々社会の制度的人種差別によって決まってしまっているからです」

イサイアス・ヘルナンデスの両親はメキシコからロサンゼルスに移住してきた際、不法滞在をしていた。カリフォルニア大学バークレー校を卒業した彼女はベアードの団体が公立学校のカリキュラムを開発するのを手伝っているが、その使命に個人的なつながりを感じている。「『Support + Feed』がロサンゼルスのコミュニティでどのように役立っているのかを知ることは、大きな意義があるんです。というのも、私は家族と一緒に教会や食料配給所、フードバンクに無料の食料をもらいに行くような子どもだったからです」

「Support + Feed」が成長を続け、その活動内容が多様化する一方で、ベアードはACLU(アメリカ自由人権協会)のバンパーステッカーを貼ったトヨタの古いミニバンでロサンゼルスを横断し、スタッフやボランティアと共に食料を届ける時間を捻出している。また彼女は料理も得意だ。「私はものすごくラッキーなんです。母がなんでも作ってくれるから」とアイリッシュは肉を食べる必要性がない理由をみんなに語った。

ギャザールは、気候変動対策の最前線にいる母親たち、特に白人と同等の評価を得られない人種の母親たちこそ、もっと評価されていいはずだと考えている。「黒人や褐色人種の母親たちは植民地化、帝国主義、大量死などに直面しながらも、多くの社会活動を支え、次世代を育んできました。そして今も前進を続けています」とギャザール。ケニア系アメリカ人学者であり活動家の彼女は、初めて環境関連の仕事に就いたとき、当時の上司から「黒人は環境について関心がない」と言われた経験がある。

足もくずし、最初よりもずっとリラックしている様子のアイリッシュは、2017年にアメリカ心理学会とecoAmericanがまとめた気候変動に対する研究者たちの報告書に基づき、各々が「喪失感、無力感、ストレス」をどう対処しているかを聞いて回る。「みんなはどう対処している? それともなにもしていない? 大丈夫? 私は床一面に嘔吐したい気持ちになる」

「大丈夫だなんていう人は一人もいない」

「大丈夫だなんていう人は一人もいないと思います」とクアナ・チェイシングホースは言う。ハン・グウィッチン族とシチャング/オグララ・ラコタ族の一員で、グウィッチン族の伝統的なフェイスタトゥーを入れた20歳のモデルは、2021年にメットガラでデビューを飾り、数々のファッション誌で華やかな生活を送っている姿を見かける。しかし、故郷アラスカの彼女のコミュニティの現実は実に悲惨なものだった。

「食糧不足は私たち人間だけでなく、近親の動物にも影響を及ぼしています」。北極圏野生生物保護区の保護官であるシングルマザーのジョディ・ポッツ=ジョセフから狩猟と釣りの方法を教わった彼女はこう語る。「車のエンジンが凍るほど気温が低下するときの移動手段である「犬ぞり」の犬たちはサケを食べ、我々人間と同じように愛情を注がれています」。しかし、水温の上昇によりサケに危機が訪れ、北米最大の先住民族のひとつであるハン・グウィッチン族の生活様式が脅かされるようになってしまった。「昨年の冬、一族の老夫婦は飼っていた犬たちの半分を餓死させてしまいました。食料不足に加え、暖を確保することができなかったからです」

チェイシングホースは、マッカージュ(MACKAGE)やアグ(UGG)といったブランドと、サステナブルな製品でコラボレーションを行っているが、彼女は「気候危機の主要原因のひとつ」として、ファッション業界を挙げている。そして、その一員であることに罪悪感があると認めている。「ひどくアンバランスだと思っています」

アイリッシュは彼女に同意して深く頷く。「私は飛行機を使わなければいけないのが本当にイヤです」と、ツアーが環境に与える影響について言及する。ほかのミュージシャンたちとは異なり、彼女はプライベートジェットでの飛行を拒否し、ほかの移動手段を探すことにしている。彼女の二酸化炭素排出量削減の決意は、880万ガロン(約3,330万ℓ)の節水と、15,000トン以上の二酸化炭素の中和につながった。「Reverb」が最近発表した彼女のツアーの影響報告書によると、これは「3,000軒の家の送配電網を1年間停止するに相当する」という。そして、彼女が何千ものファンに気候変動やその他の社会正義を支援するように呼びかけたところ、およそ100万ドルの寄付金が集まった。

ヘルナンデスとコボは、親しい家族と一緒に過ごすことで気候への不安を抑えていると言う。チョイはこの考えを一歩推し進める。「みんなが同じような経験をしていると思うと、連帯感を感じます。コミュニティ、つまりよりグローバルな意味での家族が、我々を支えてくれるんです」。そしてチョイはアイリッシュに、何百万人(インスタグラムで考えると1億700万人にもなるが)もの期待の重さとどう向き合っているのかについて聞いた。

「クレイジーだと思う。自分の中では誰も私のことなんて知らないと思っているから。なんだか悲しくなります。ほどんどの人が私のことを知らなかった、初めて作品を発表した13歳の頃の自分に戻ろうとしてしまうんです」

午前中の対話で繰り返されたテーマは喪失、特に無垢の喪失についてだった。彼らが駆け足で成長しているように見えるとしたら、それはそうせざるを得なかったからだ。今の若者は前世代よりも多くの問題、例えば気候変動、心の健康問題、金融不安、医療費問題、人種的不公平などが存在する不安定な未来を受け継いでいるのだ。

しかし、それでも彼らはより良い未来にこだわり続けている。「Reverb」の共同設立者でで、ミュージシャンのアダム・ガードナーは、それこそがアイリッシュに唯一無二の才能だと言う。「彼女のファンはとてもパーソナルな部分で彼女に共感しているんです。彼女は気候変動に対する不安を和らげたり、現実的で目標の達成度が測れるような形で、若い世代が気候変動問題の解決に向けて取り組めるようなさまざまな道を提示してくれる。若い世代に希望を与えられることが、彼女のスーパーパワーなのです」

「一人一人がやるべきことの半分でもやれば、解決できるはず」

数日後、レコーディングスタジオでアイリッシュは自身の抱負をこう語った。「これまで特に同年代の人たちと、こんなに共感しながら話をしたことはなかった」。興奮気味に目を輝かせながら彼女は言う。「私と同じ信念を持った、とても賢い人たちと話せたことにワクワクしました。私たちは同年代で、色んな活動をしている。本当に、本当に、本当に、希望が湧いてきました」

アイリッシュの願いとは?

「誰もが『なんでも自分一人でやればいい』と思っているはず。私だって一人で変化を起こし、一人で世界を救えたら。と思うから」と、彼女は自分の大げささを笑い飛ばす。「自給自足をして、電気を使わずに生活して、二酸化炭素排出量も減らす。でも、そんなことをしたら、今の私は消えてしまうだけ。この状況は、本当は一人一人がやるべきことの半分でもやれば、解決できるはずなんです」

Director: Mike Mills Cinematography: Arnaud Potier Editor: Aaron Beckum Producer: Nicole Disson Fashion Sustainability Editor: Tonne Goodman Hair: Benjamin Mohapi Makeup: Emily Cheng Manicurist: Erin Leigh Moffett Translation: Rieko Shibasaki 
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