Billboard JAPAN


Special

<特集>なぜ私達はザ・ウィークエンドに魅了されるのか、『ドーン・エフエム』が導く煉獄と桃源郷



コラム

 前作『アフター・アワーズ』のリード曲「ブラインディング・ライツ」が米ビルボード“Hot 100”歴代最長記録となる90週チャートインするなど、実力・人気・作品の完成度が年々上がっているザ・ウィークエンド。約2年ぶりとなる5作目のスタジオ・アルバム『ドーン・エフエム』がデジタル配信を迎えてから2か月経つが、いまだ本作そして、そのアルバム活動期にいるザ・ウィークエンドの動きを話題にするメディア/リスナーの声が絶えない。

 TikTokを中心に、日本でも多くのリスナーに愛された前作以上に今作が日本で注目を集めている理由のひとつに、国外で注目度が高まっていると言われる日本産ミュージック・ジャンル“シティ・ポップ”が挙げられる。聞けば聞くほど、その深みにハマっていく『ドーン・エフエム』が示唆するミュージック・シーンの未来とは。


(C) BRIAN ZIFF

 2009年より音楽活動を開始し、フランク・オーシャンやドレイクといったアーティストと並んで「オルタナティブR&B」とも呼ばれる、R&Bを基軸としつつも電子音楽やヒップホップなどの様々な音楽をミックスした独自のスタイルを確立し、ブレイクを果たしたカナダ出身のザ・ウィークエンド。2021年にはスーパーボウルのハーフタイムショーを担当するほどの絶大な成功を収めた彼の、そのミステリアスな佇まいとダークな世界観、そしてどこまでも甘く溶けていくような美しい歌声は、熱狂的なファンダムから辛口の批評家まで、今なおあらゆる音楽ファンを惹きつけてやまない。

 2022年1月7日に配信リリースされたザ・ウィークエンドの最新作『ドーン・エフエム』は、そのタイトルが示す通り、FMラジオをモチーフとしたコンセプト・アルバムだ。名優ジム・キャリーがパーソナリティーを務める架空のラジオ局「Dawn FM」の放送という設定のもと、時には不穏なラジオ・コマーシャルを織り交ぜながら、まるでDJミックスかのように楽曲が繋がれていく。収録楽曲の多くは彼自身がリスペクトをしてやまない、マイケル・ジャクソンに象徴される70年代~80年代のファンク・ポップに影響を受けたサウンドであり(アルバムにはクインシー・ジョーンズによる語りまで収録されている)、それもシングル重視ではなく、あくまでダンス・ミュージックとして気持ち良く聴けることを重視したつくりとなっている。それは、先行シングルとなった「テイク・マイ・ブレス」が約5分40秒のエクステンデッド・バージョンで収録されていることからも分かるだろう。本作は彼の作品群の中でも最もアップ・リフティングなつくりとなっている。


 だが、『ドーン・エフエム』がポジティブで享楽的な作品であるのかというと、ザ・ウィークエンドがそんなことをするはずもない。本作のテーマは「煉獄」であり、アートワークが示す通りにその主人公は自らの死を目前にして、なるべく少ない痛みで、光の中で天国へと導かれることを求めており、一貫して快楽性を損なうことなく高みへと向かっていく見事な作品構成はその願望の表れだ。

 本作の作風を考える上で、全16曲中13曲ものプロデュースを手掛けた電子音楽家、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの存在は避けては通れないだろう。80年代のポップ・ミュージックを下地としながらも、どうしようもないほど美しいシンセサイザーの音色と、耳をつんざくほどの破壊的なノイズを同時に鳴らし、魅惑的でありながら不条理なサウンドを構築する彼の作風は今作のコンセプトに見事に合致しており、一見するとキャッチーにまとめあげられているように感じるものの、よく聴いてみると実はどの曲もどこか狂ったような、どこかが捻れてしまっているようなサウンドが仕込まれていることに気付かされる。

 そんな『ドーン・エフエム』において重要なキーワードの一つが「シティ・ポップ」だろう。アルバムの中盤には、まさにシティ・ポップからの影響を明確に感じられるパートが用意されており、中でも7曲目に収録されている「アウト・オブ・タイム」はその最たる存在だ。同楽曲は1983年にリリースされた亜蘭知子の「Midnight Pretenders」をサンプリングしており、それも、ほぼそのまま引用していると言っても良いくらい大胆に使っているのである。

 「Midnight Pretenders」の作曲を手掛けた織田哲郎は、「アウト・オブ・タイム」におけるサンプリングについて、次のようにコメントを寄せている。

1983年に日本国内でリリースされたアルバムの一曲「Midnight Pretenders」が、こういう形で“発掘”され、注目されるなどという可能性は考えたこともなかったですね。サンプリングの使い方が単なる飛び道具とかでなく、楽曲の空気感ごと使用するといった趣であることが嬉しいです。それは私の作ったメロディを、当時とても斬新な切り口で仕上げてくれたトラックメーカーである西村麻聡の手腕に負うところが多く、彼に感謝あるのみです。


(C) BRIAN ZIFF

 まさに、この「空気感ごと」というのが今回のサンプリングにおけるポイントである。そもそも、ザ・ウィークエンドは1990年生まれであり、彼自身が強く影響を受けている80年代のポップ・ミュージックや、今回サンプリングしたシティ・ポップは決してリアルタイムのものではなく、明確なノスタルジーの対象として存在しているわけではない。だが、だからこそ、彼はそういった音楽の持つ空気感を「既に失われてしまった桃源郷」のように捉え、どこかファンタジーめいた存在として認識しているように思えるのだ。それは、当時のアメリカ音楽からの影響と日本の歌謡曲、そしてバブル期の東京における生活様式をハイブリッドしたシティ・ポップという音楽に対して、当時の日本のことなど全く知らない若い世代や、海外の音楽ファンが触れた時に感じる印象に、非常に近いものなのではないだろうか。

 “時間切れ”を目前とした主人公がかつて失った愛を取り戻そうと願う「アウト・オブ・タイム」における、原曲自体がどこか幻想的な空気を纏っている「Midnight Pretenders」の引用は、まさにそんな実際には存在しない、幻の理想の世界を夢見てもがく主人公の姿を表現する上であまりにも大胆かつ見事な選択だと言えるだろう(そこまで本人が把握しているかは不明だが、原曲における避けられない別れを前に<貴方のすべてが欲しいの>と歌う歌詞に対する未来からのアンサーとしても、本楽曲の歌詞はある程度合致する)。そして、同楽曲の最後で、パーソナリティーのジム・キャリーは優しい声で「曲にもある通り、あなたにはもう時間がない」と主人公に告げるのだ。


NEXT PAGE
  1. < Prev
  2. リアルタイムを知らないからこそ生まれる幻想性
  3. Next >



(C) BRIAN ZIFF

 さて、このように書くと、「シティ・ポップに対する向き合い方があまりにも暗いのではないか」と感じる人もいるかもしれないが、近年のシティ・ポップの流行を含めた80年代のポップ・ミュージックを起点とした様々な流行についても、この「リアルタイムを知らないからこそ生まれる幻想性」が、ある種の新しさとして受け入れられていることによるものであると(筆者個人としては)感じている。最近ではファッションの分野で頻繁に取り入れられるようになったヴェイパーウェイヴや、ザ・ウィークエンド自身がそのムーブメントの担い手として語られることもあるシンセウェイヴなどの流行は、まさにその象徴的な例だろう。そして、それはインターネットを経由して世界中の音楽シーンに同時多発的に影響を与えている。



 例えば、K-POPシーンでは前述のような日本のシティ・ポップからの影響や、あるいは米国の70年代~80年代のディスコ・ミュージック、そしてヴェイパーウェイヴやシンセウェイヴからの影響までまとめて一括りにした「Newtro(ニュートロ)」と呼ばれるスタイルの流行が続いている。グローバルスーパースターBTSと同じレーベル<BIGHIT MUSIC>に所属し、全世界のZ世代を中心に絶大な人気を誇るTOMORROW X TOGETHERは、2020年の『The Dream Chapter: ETERNITY』において韓国のバンド、Light & Saltが1990年にリリースしたシティ・ポップの影響を強く感じさせる楽曲「Fairy of Shampoo」をカバーしており、「Newtro」の流れを体現する存在だ。そんなTOMORROW X TOGETHERのメンバーであるTAEHYUNもまた、『ドーン・エフエム』に称賛の声を寄せている。


(C) BIGHIT MUSIC

ザ・ウィークエンドを初めて知ったのはアルバム『ビューティー・ビハインド・ザ・マッドネス』がリリースされた時だった。独特な歌声と、地声なのか裏声なのか区別がつかない奥深い歌い方にはまり、彼の曲をすべて聴いたのを覚えている。その後、僕はデビューし、あらためて見たザ・ウィークエンドの姿は今更ながらとてもすごかった。

2020年に発売された『アフター・アワーズ』は、その年最高のアルバムの一つだと敢えて言いたいし、レベルの高いクオリティのミュージックビデオと舞台演出も見せてくれた。続いて発売されたアルバム『ドーン・エフエム』の驚くべき完成度と曲の構成は王の帰還を知らせるかのようだった。

このようなアーティストと同じ時代に生まれたことに感謝し、これからも彼の素晴らしい音楽をたくさん見て、そしてたくさん聴きたい。


(C) BRIAN ZIFF

 これまでの作品で見られた80年代のポップ・ミュージックへの愛情や、大胆なシティ・ポップのサンプリングによって「煉獄」を描いた『ドーン・エフエム』は、これまでの作品の中でも特にアップ・リフティングで快楽性の高い作品であると同時に、近年の音楽シーンにおける80年代に対するノスタルジアの正体が一体何なのかを改めて考えさせられる作品でもある。そして、この音が2022年におけるスタンダードとなり、大きな影響を与えることで、その姿は更に形を変えていくことだろう。

 また、今作は2020年の前作『アフター・アワーズ』と次作による3部作であることがアナウンスされており、「煉獄」を描いた本作を経たその先に何を描くのか、既に絶大な期待が寄せられている。生命の終焉と対峙した作品でありながら、聴いているとザ・ウィークエンドの、そしてポップ・ミュージックの未来に期待を寄せてしまう。それもまた、稀代のポップスターとなった今でもポップ・シーンにダークな影を落とす、彼らしい矛盾と言えるだろう。

関連キーワード

TAG

関連商品